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2024-03-07

浄土宗開宗の時代

法然上人は八百五十年前、承安五年(1175)四十三歳の時に念仏こそが人々を救済する教えであるとの意を決し、浄土宗を開かれました。六年にわたり源氏と平家が争うただ中でした。
 加えて、治承元年(1177)には大火により都の三分の一が灰になり、治承四年(1180)には竜巻が襲い「猛烈な稲光とともに雷鳴がとどろき、木は抜き去られ、石が舞い上がり、家も門も牛車もみな吹き上げられた」と記録にあります。
 続く養和元年(1181)から翌年にかけては気候変動のため京都や西日本一帯が干ばつや洪水に見舞われ、大飢饉が起こり、おびただしい餓死者が出ました。「人々は土地を捨て国を離れ山に住む。貨幣価値は下がり、財物で食物を手に入れようとしても誰も目もくれない。疫病まで流行り、まるで少ない水の中で苦しむ魚のようだ。死者は四万二千三百人にもおよんだ」と記されています。
 さらに元暦二年(1185)には大地震のため「大地は裂け、水は噴出し、山は崩れて川を埋め、浜には津波が押し寄せ、皇居や人々の家、神社仏閣は崩壊し、おびただしい人が下敷きになった」とあり、余震が三か月あまり続いたとあります。
 二十一世紀、現在の日本はどうでしょうか。阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震などの震災に加えて、毎年のように水害や土砂崩れによる被害が多発しています。
 日本では戦乱こそありませんが世界に目を向けるとウクライナやガザでは戦闘に巻き込まれて大勢の市民が命を落としています。また、日本では飢饉こそ起きていませんが、食料自給率も低く、円安の日本ではいつ供給が不足しても不思議ではありません。コロナ禍は収束したかに見えますが、新たな変異株の発生、また、新種のウイルスによるパンデミックの不安もつきません。
 地球規模の気象変動はいうにおよばず、国内でも経済格差や政治の不安定化など不安の種はつきません。
 八百五十年前に法然上人が説かれた念仏の教えは、瞬く間に人々の心に浸透し安らぎを与えたといわれています。
 つまるところ当時も、現在も、ものごとは縁によって生起することに変わりなく、科学がいくら発達しても、生老病死を完全に意のままにすることはできそうもありません。また、人の心に煩悩がある限り、凡夫が完全に悩みから解放されることはないでしょう。阿弥陀仏の本願を信じて、南無阿弥陀佛と称える称名念仏の教えは、時代や地域を超えて人々の心に安らぎをもたらす普遍的な教えではないでしょうか。

「天災地変と戦乱の世で」

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